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奇天烈 : デイリーコラム バーニングマン2010レポート1 金田善裕
投稿者: kaneda 投稿日時: 2010-9-19 14:02:53 (2501 ヒット)

バーニングマンに行ってきた。ところが砂漠の熱にやられたせいか、体調の回復に二週間以上かかってしまった。それで更新が遅れた。 
 さておき、12年ぶりのバーニングマンの報告をするわけだが、あまり期待しないでほしい。まず、12年ぶりではあったが、簡単に言うとバーニングマンは12年たって規模は巨大になったけれど、本質は変わっていなかった。ある意味ではありとあらゆるものがあまり変わっていなかった。というのがおれの報告で終わりである。気になる人はバーニングマンでこのサイトを検索して12年前のおれの書いた記事を読んでほしい。ほとんど同じである。
 とはいっても違うところもあった。それはある種の停滞だった。おれはサンフランシスコに来て三ヶ月になるが、感じるのは一種の停滞である。アメリカ経済が深刻なのは日本でも知られていることだが、サブプライムローンの発祥の地とされるカリフォルニアの経済はひどく、失業率も全米平均を上回っている。カリフォルニア州とサンフランシスコ市は巨額の財政赤字を抱えるという状態にある。サンフランシスコの街がむなしいのはいつ行っても同じだが、アンダーグラウンド・シーンもなんだか衰退しているように感じる。同じことをずっとくり返しているというか。


 その停滞がバーニングマンに行っても感じられたのである。おれは一応ジャーナリストでもあるので、記者会見などにもでた。ちなみに日本の報道関係者はおれと一緒に行った某君だけであった。記者会見場に現れた創設者のラリー・ハーベイに声をかけて、覚えているかと聞いたら、覚えていると言って握手などをした。対面は10年ぶりでラリーは老けたように見えた。記者会見直前の出来事なので、ほかに会話をする時間もなく記者会見にのぞんだのだが、ラリーの様子が12年前とは違うのである。12年前のラリーは新しい思想・哲学を熱を込めて語ったものだが、そういうスピーチがなく、記者の質問に答えるという形で会見は進んだ。おれが感じたのは、ラリーがある種の曲がり角に来ているという感覚だった。12年前の熱意は表面には現れず、淡々と質問をこなしていくラリーだが、やはりある種の停滞を感じさせるものだった。
 話は変わって、バーニングマン像の周りを飾るインスタレーションを見て、アーティストにコンセプトを聞くアートカーのツアーがあって参加した。ほとんどのアーティストが同じことを言うのである。サステナビリティーである。持続可能な社会の形成。しかし、それが提唱されたのはアメリカでは2000年である。それから10年たって、まだ、サステナビリティーで作品を作っているということは、広まったということもあるだろうけれど、10年変わらずに同じことをやっているということでもある。持続可能な社会が大事なのはよくわかる。その重要性もおれとしては知っている。しかし、もう新味はない。進展というのがないのだ。その夜、おれはテントに帰って考えた。ポスト・サステナビリティーとか、プログレッシブ・サステナビリティーという考え方はないのだろうか。この停滞をおれが変えることはできるのだろうか。おれが大学の論文で書くべきなのか。
 ただ、やはり面白いイベントであることには変わりがなかった。
 そして、おれにとってはそこからが面白いところであった。サンフランシスコに戻ってみると、おれは一人の平和を愛する人間に戻り、そして戦士だったのだ。そしてずっと感じていた停滞は消え失せていたのだ。
 おれはこれがバーニングマンかなどと思った。ただ、砂漠から戻ってずっと体調がすぐれない日が続いたのではあったが。大量のビタミンCを毎日、飲んでいた。
 また、行くのなら日本でいうキャンピングカーを借りて、十分、昼間の地獄のような暑さから逃れてやっていくしかないという感想も持った。
2に続く。

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